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前橋地方裁判所 昭和50年(行ウ)6号 判決 1979年4月19日

原告 布施愛夫

被告 前橋税務署長

代理人 藤村啓 磯部喜久男 平野恒男 坂田栄 ほか二名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告が原告に対し、昭和四八年一一月一五日付でした昭和四六年分所得税の更正処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(本案前の答弁)

主文同旨

三  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告は、訴外株式会社前橋中央自動車教習所(以下「前橋中央自動車」という。)の全株式を所有していたが、昭和四六年四月一三日訴外株式会社東群馬(以下「東群馬」という。)に右全株式を九〇〇〇万円で譲渡した。

2(一)  原告は、右譲渡所得を昭和四六年分の所得として、その他の所得金額と併せて、昭和四七年三月被告に申告し、二一一六万九三〇〇円を納入した。

(二)  ところが、被告は原告に対し、昭和四八年一一月一五日付昭和四六年分所得税の更正通知書をもつて、昭和四六年分申告納税額二一五一万六九〇〇円を三三三万五九〇〇円とし一八一八万一〇〇〇円減額する旨の更正決定がされた(以下「本件更正処分」という。)。

3(一)  原告は本件更正処分につき、昭和四八年一二月二六日被告に対し異議申立をしたが、昭和四九年二月一九日付で異議申立を却下する旨の決定がされた。

(二)  原告は、昭和四九年三月五日訴外国税不服審判所長に対して本件更正処分に対する審査請求をしたが、昭和五〇年三月二二日審査請求を却下する旨の裁決がされた。

4  本件更正処分は、前記第1項の譲渡契約を前橋中央自動車の資産の譲渡と判断してされたものであるが、本件譲渡契約の目的物は次の理由により原告が所有していた前橋中央自動車の全株式である。

(一) 前橋中央自動車に関する経営主体の交替に際しては、「契約書」や「念書」と題する種々の書面等を作成しつつ進渉し、最終的に原告と東群馬との意思が確定した昭和四六年四月一三日に右両者間で株式譲渡の約定をし、その旨の公正証書が作成された。

右公正証書には、譲渡人原告と譲受人東群馬との間に契約が締結されたことが明示されており、前橋中央自動車は契約の当事者から除外されている。譲渡人は原告個人のみであり、同人が譲渡し得るのは前橋中央自動車の株式のみである。

(二) また、原告個人が株式を譲渡したと解釈しなければ譲受人東群馬は群馬県公安委員会の許可制である自動車教習所としての営業を続行しえなかつた筈であるのに、現に譲受人東群馬が営業を継続している点からも株式の譲渡のみであつたことが明らかである。

(三) 前橋中央自動車は、昭和四六年七月三日に開催された臨時株主総会で解散決議、清算人の選任をしているが、右臨時株主総会は東群馬の代表者佐々木義治の妻志か、東群馬の当時の取締役中島皓、同田口将らによつて開かれたものであり、原告は全く関与していない。

よつて、本件更正処分は被告の事実誤認に基づくもので違法であるから、本件更正処分の取消を求める。

二  被告(本案前の申立の理由)

1  <略>

2  本件訴は、訴の利益を欠く不適法な訴である。

(一)(1) 行政訴訟を提起できる者は「当該処分又は裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」(行政事件訴訟法九条)とされている。そして、課税処分に係る税務訴訟における訴の利益の存否は、原告(納税者)が更正又は決定によつて具体的に不利益を受けたかどうかにより判断すべきものである。したがつて、所得又は税額の算出過程における計算の一部に不服があつても、その更正が納税額の減少又は還付金額の増額をもたらしているものであれば、その更正の取消を求める利益はないのである。

(2) 申告納税方式による納付すべき税額は、国税通則法三五条一項及び二項の規定により、期限内申告書を提出した者については当該申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に相当する国税を、期限後申告書又は修正申告書を提出した者については当該申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に相当する国税を、更正又は決定の処分のあつた者については当該通知書に納付すべきものとして記載された税額に相当する国税を、それぞれ指すのであるから、予定納税額や源泉徴収税額のようにその確定に特段の手続を要しないものは、右申告納税方式により納付すべき税額には含まれないと解すべきである。

(3) 元来税務訴訟の対象となり得るものは、更正等処分により税額を追徴された場合、すなわち申告納税方式による納付すべき税額が増加することとなる更正等処分があつた場合における、その増加する部分であるというべきであるから、申告納税方式による納付すべき税額が逆に減少することとなる更正処分については、その取消を求める訴の利益がないことは明らかである。

(4) ところで、本件更正処分は原告の昭和四六年分所得税につき、原告が前橋中央自動車から受給した認定賞与に係る金額を給与所得金額として加算するとともに、譲渡所得金額を零とする内容のものであるが、本件更正処分の結果原告の所得金額は、四一二八万二〇〇〇円が八九二八万八〇〇〇円に増額され、また、算出税額も二一五四万五八〇〇円が五四七七万八五〇〇円に増額されたが、反面給与所得に係る源泉徴収税額を控除した後の納付すべき税額は、二一五一万六九〇〇円が三三三万五九〇〇円に減額され、確定申告に係る納付税額二一五一万六九〇〇円のうち本件更正処分による納付税額を上回る部分一八一八万一〇〇〇円については還付されることになつたのであるから、本件更正処分は納税者に不利益をもたらす処分とはならず、原告の本件請求は右の限りで訴の利益を欠く不適法なものというべきである。

(二) <略>

三  原告(本案前の申立の理由に対する主張)

1  <略>

2  訴の利益について

(一)(1) 被告は、本件更正処分により、納付すべきものとされた最終納税額(三三三万五九〇〇円)が、原告の昭和四六年度分確定申告書に記載した納付すべき税額(二一五一万六九〇〇円)を下回るのであるから、本件更正処分の取消を求める訴の利益がないと主張する。

しかしながら、「納付すべき税額」とは課税標準に税率を適用して、算定した税額(算出税額)をいうものであつて、右金額からさらに源泉徴収税額を控除した残額をいうものではなく、更正処分によつて算出税額が増額された場合には、たとえ控除すべき源泉徴収額の増額により結果的に最終納税額が減少してもやはり増額更正であり、納税者にとつて不利益処分というべきである。被告主張のとおり、本件更正処分の最終納税額は、確定申告にかかる納付税額を下回るが、その算出税額(五四七七万八五〇〇円)は、確定申告にかかる算出税額(二一五四万五八〇〇円)を遙かに上回つている。

したがつて、原告は本件処分の取消を求める訴の利益を有するというべきである。

(2) <略>

(二) 本件更正処分は、単純に確定申告にかかる課税標準の一部が取消される場合ではなく、右申告にかかる課税標準の一部取消と、新たな課税要件事実の認定に伴なう課税標準の中味が入れ替わる場合に該当する。かかる場合には、課税標準のうち、新たに認定された課税要件事実に対応する部分に関する限りは、納税者に不利益な処分であるから、その取消を求める訴の利益は認められなければならない。本件更正処分は、譲渡所得金額については、減額されているものの、給与所得金額については、増額がされているので、その部分については、取消を求める訴の利益が存在する。

四  被告(請求原因に対する認否) <略>

第三証拠 <略>

理由

一  原告が被告に対し、昭和四七年三月、昭和四六年分所得税について確定申告をしたところ、被告は昭和四八年一一月一五日付昭和四六年分所得税の更正通知書をもつて原告の右申告納税額金二一五一万六九〇〇円を金三三三万五九〇〇円に減額する旨の本件更正処分をしたこと、原告は、本件更正処分に対し同年一二月二六日、被告に異議の申立をし、昭和四九年二月一九日付でこれを却下されたので、同年三月五日、訴外国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、昭和五〇年三月二二日、右請求を却下する旨の裁決をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正処分の取消を求める訴の適否について検討する。

1  当事者間に争いのない課税の経過から明らかなとおり、本件更正処分は、原告のした確定申告の所得税額を減額した処分であるが、このように申告による税額を減額する更正処分は、さきの申告の効力を全く失わせて、改めて当該国税の税額の全部について納付義務を確定するものではなく、右の申告に基づき納付すべきものとされる税額のうちその減少する部分についてのみ効力を有するものと解される(国税通則法二九条二項参照)。してみると、本件更正処分は、原告の確定申告に基づく所得税額を減少させる点において原告に有利な処分であり、右減額の結果として、残余の税額につき原告が納付義務を負うことになるとしても、それは確定申告の効力によるものであつて、本件更正処分によるものではない。それゆえ、原告には本件更正処分の取消を求める利益は全くない(本件更正処分を取消しても減額後の税額について納付義務のないことが確定されるわけではない。)

2  この点について原告は、納付すべき税額とは算出税額をいうものであつて、右金額からさらに源泉徴収税額を控除した残額をいうものではないから、本件更正処分のように算出税額が増額された場合は納税者にとつて不利益処分であること及び本件更正処分は単純に確定申告にかかる課税標準の一部が取消される場合ではなく、右申告にかかる課税標準の一部取消と新たな課税要件事実の認定に伴なう課税標準の中味が入れ替わる場合であるから、かかる場合は課税標準のうち新たに認定された課税要件事実に対応する部分に関する限りは納税者に不利益な処分であることをそれぞれ理由としてその取消を求める訴の利益があると主張する。しかしながら、更正が不利益処分に当たるか否かは、当該更正により現実に納付すべき税額が増加したか否かにより判断すべきであつて、算出税額が増加したか否かでなく、また税額算出過程における個々の項目ごとに金額の増減を対比すべきでもないのであるから、申告により確定した納付すべき税額を減額する更正は不利益処分でないといわざるを得ない。

三  よつて、その余の点を判断するまでもなく原告の本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川名秀雄 大島崇志 伊東一廣)

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